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時間のスクラップ・アンド・ビルド:書籍『時間は存在しない』レビュー

書籍『時間は存在しない』のレビューです。
本書では、時間のスクラップ・アンド・ビルドが楽しめます

次のような人に本書はおすすめ。

  • 量子力学と時間の関係について興味がある人
  • 時間の使い方に悩んでいる人
  • 時間について悩んでいる相手に「実は時間は存在しないんだぜ」とインテリぶりたい人

以下では、ごく簡単な内容紹介と自分なりの気付きやポイント、関連作品を述べていきます。

『時間は存在しない』について

  • 著者はカルロ・ロヴェッリ(Carlo Rovelli)。2019年現在はフランスのエクス=マルセイユ大学の理論物理学研究室で、量子重力理論の研究チームを率いる(本書より)
  • 訳者は富永星。2019年8月、第1刷発行(NHK出版)
  • タイム誌の「ベスト10ノンフィクション(2018年)」選出
  • 読み終えるまでの平均的な時間:3時間37分(254ページ、Kindleより)

時間が実は存在しないこと、時間のない世界について著者らの理論をベースに解説し、「なぜ自分たちは存在しない時間の流れを感じるのか」にまで踏み込んでいく。

破壊神シヴァの踊りはかくも難解

ごく小さな出来事からきわめて複雑な出来事まで、すべての出来事を生じさせているのは、このどこまでも増大するエントロピーの踊り、宇宙の始まりの低いエントロピーを糧とする踊りであって、これこそが破壊神シヴァの真の踊りなのである。(本書より)

あらかじめ言っておきますが、本書の理解は容易ではありません。
上記引用からしてきわめて複雑ですね。

ぼくみたいに後悔したくなければ、先に日本語版解説と第13章「時の起源」を読んで概要を把握してから、全体を読み進めましょう
解説記事や動画もネット上にたくさん転がっています。
本書の読後でも気になった人は「Carlo Rovelli」で検索してみてください。

しかし、理解が難しいからこそ、なんとなくでも理解できたときの喜びはひとしおです。
まさに「エウレカ」。
そんな知識中毒者にはとくにおすすめできる一冊です。

ぼく自身、理解できているか怪しいので内容紹介すら容易ではないのですが、本題「時間は存在するのか?」に対する説明を以下で示してみます。

量子レベルの揺らぎを無視して、エネルギーによる歪みも無視して、速度や質量からの距離の違いによる歪みも無視。
そうしてようやく物理世界に見えてくるものこそ、わたしたちが感じる時空間である。
しかし量子レベルまで立ち戻ったとき、時間は存在しなくなる。
では時間の存在をわたしたちはどこから感じているのか?
それはね、君の記憶の連なりさ……。

そこはかとなく漂う諦観。
まあ、雰囲気は感じ取れますか?
合わせて、自作の超要約理解図も載せておきます。

左はループ量子重力理論における量子世界の概念図。
端のない閉じた曲線で定義されるループ変数の相互作用が存在し、見かけ上の時間・空間が生み出されています。
相互作用の幅がプランク長という極小スケール(10^-34ミリメートル)なので、時間・空間は連続しているように感じられるわけです。

右は時間の流れをぼくたちが意識できる世界の概念図。
⊿Sはエントロピー変化を表します。
たまたま低エントロピー状態で始まったぼくたちの知る宇宙内ではエントロピーが増え続けます。
それが時間の流れの感覚を生み出しているのです。

時間は存在しない-超要約図解本書『時間は存在しない』を基にブログ筆者が作成

わかりましたか?(笑)
時間の流れは破壊神シヴァの踊り。
神の踊りなので、人間にとって難しいのは至極当然かもしれませんね。
わかりにくいのは神のせいです、ぼくの説明が下手だからじゃありません

「ループ量子重力理論」というパワーワード

ループ量子重力理論のイメージ

「ループ量子重力理論における量子世界」とサラリと書きましたが、説明を聞くだけでなんとなくワクワクできるパワーワードなので軽く説明します。
このワクワクをぜひ共有しましょう。

ループ量子重力理論は「超ひも理論」と並んで、超大統一理論の候補です。
重力はループ変数によって表され、一般相対性理論も保たれています。
統一するのは、世界を構成する4つの基本的な力(強い力、弱い力、電磁力、重力)です。
ジャンプ漫画『Dr.STONE』の主人公・千空が小学生のときに読んだ本にも、4つの基本的な力が登場しています。
つまり、ジャンプ読者はみんな知っている常識ですね。(……?)

まあそれはともかく、”超大統一理論”ですよ!
ちょっとでもある現象について「なんでこうなるの?」と考えたことのある人なら、あらゆる現象の起源ともいえる理論が存在するかもしれないというだけでワクワクしませんか?
ぶっちゃけそれを知ったところで実生活に何ら影響はないと思います。
しかしその片鱗だけでも本書で学べると、科学の進歩に立ち会えた気がして自己満足に浸れますよ

「今」から離陸する恐怖と勇気

時間がないということは、「今」が存在しないということです。
現状、「今」から離陸して量子世界を直感的に理解するのは、少なくともぼくのような人間にはできません。
しかし、人類と科学の進歩を考えると、やはりワクワクしてしまいます

人間のソフトまたはハードのスペックを上げれば、量子世界を理解できるかもしれないからです(脳にチップを入れたり感覚器官を増やしたりなど)。
可能性の根拠は、人間とAIの関係にあります。
書籍『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』では、AIが答えを提示するまでの過程が人間には理解できないというブラックボックス問題の解決策として、人間のスペックを上げることを提案していました。

脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線
人間の未来と可能性を存分に味わう:書籍『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』レビュー人間の未来と可能性を存分に味わって未来志向上位勢になれます。未来に向けてワクワクが止まらなくなりました。書籍『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』の簡単な内容紹介とレビューです。...

量子世界と人間の関係も、同様に考えられないでしょうか。
「0と1の状態が重ね合わさっている」ことを「地上でボールを投げ上げたら落ちてくる」くらい当たり前だと捉える人類。
そうなった未来を想像すると、根拠もなくワクワクします。

小説『新世界より』において超能力「呪力」が作中で科学的に初めて観測された際は、観測によって生じるミクロな世界の変化が、マクロな世界にまで影響を及ぼすのを防ぐ手立てが説明されていました(多重盲検法)。
逆に言えば、量子世界を直感的に捉えられる人類は、もしかして呪力が発現するのではないか?とか考えてしまいます。
待つのは血みどろの地獄ですが。

ただし、本書(著者)の主張では、量子論に対して「物理的な出来事の時間順序が確定するのは(中略)人間による観測がなくても物理的な状態が確定するという考え方を前提として」(本書「日本語版解説」より)います。
確定してしまうと呪力の余地がないので、『新世界より』の世界はなさそうですね。
……ぼくはあきらめません、これはあくまで著者の主張なのであしからず。

ちなみに、著者はどれくらい直感的に量子世界を理解しているのでしょうか。
「量子を研究している人間に量子を本当に理解しているやつはいない」なんて話があった気がしますが、ここまでよくわからない世界に身を投じられる勇気は尊敬します。
そうした先人たちの地道な積み重ね。
古代ギリシャのアナクシマンドロスから、ニュートン、アインシュタインを経て、著者カルロ・ロヴェッリと本書につながる一連の流れ。
これをこそ、時間の偉大な流れというのでしょう

『時間は存在しない』の関連作品

上記でもボソッと言及した漫画と小説、それに時間に関連する書籍・小説を紹介します。

  • 漫画『Dr.STONE』
  • 小説『新世界より』
  • 書籍『時間と自由』
  • 小説『失われた時を求めて』

漫画『Dr.STONE』は、突如地球上の全人類が一斉に石化してしまい、3,700年後に石化が解かれた主人公・千空が科学知識と仲間を総動員して全人類復活を目指すSFです。
2022年3月に完結済み。
身近にある「原理はよくわからないが科学技術でできたもの」を次々と千空が作りながら、科学世界を復興させていく様はワクワクしますよ。

恐怖成分が多めですが、同じく現文明崩壊後の世界を描いた小説『新世界より』もおすすめ。
こちらは科学寄りかは超能力寄りですが、もし科学的に超能力が証明されたら本当にありえそうな世界だと思わせる設定が秀逸です。
量子力学は気持ち程度に絡みます。
ぼくはまだ超能力を信じています。

書籍『時間と自由』は、ノーベル文学賞を取った20世紀のフランス哲学者アンリ・ベルクソンの博士論文です。
4次元的で、個人の中で過去も未来もつながるような、濃密な時間経過の感覚「ベルクソン時間」を提唱した人物です。
ベルクソンはこれを「純粋な持続」と呼び、それこそが本当の自由だと考えました。
本書でも扱われた時間は「ニュートン時間」として区別しています。
単なる物理に留まらない時間の概念について知りたい人はどうぞ。

20世紀前半のマルセル・プルーストによる長編小説『失われた時を求めて』は、ベルクソンの言う「純粋な持続」を文学に昇華したと高く評価されています。
日本語訳で原稿用紙10,000枚にも及ぶ大作(Wikipediaより)なので根気が必要ですが、文学的側面からも時間についてインテリぶりたいなら必読。

まとめ

今回は、書籍『時間は存在しない』をレビューしました。
これが答えと決まってはいませんが、時間そのものに人類がふけった思いも含めて、量子世界の摩訶不思議の1つに浸れました。
もしも将来、超大統一理論としてループ量子重力理論が認められたら、自分は前から知っていたとドヤれそうです。

遅刻した言い訳として「時間は存在しないんすよ?」が使えそうもないのは残念です。